
「高い声を出す筋肉を鍛えよう」
「声帯をしっかり閉じて歌おう」
ボイストレーニングでは、このような説明を聞くことがあります。
しかし、実際の声帯はどのような構造をしていて、周りの筋肉がどう動いているのでしょうか。
声帯は、単純な一本の筋肉ではありません。
喉の中にあるいくつもの筋肉が連携し、
- 声帯を伸ばす
- 声帯を縮める
- 声帯を閉じる
- 声帯を開く
- 声帯の厚さや硬さを調整する
といった働きをすることで、声の高さや強さ、音色が変化しています。喉頭の内側にある筋肉は「内喉頭筋」と呼ばれ、声帯の長さ・張力・位置などを調整して発声をコントロールしています。
この記事では、声帯周りの筋肉について、ボイトレ初心者にもわかりやすく解説します。
そもそも声帯とは?
声帯は、喉にある「喉頭」という器官の中にあります。
左右一対になっていて、呼吸するときには開き、声を出すときには中央へ寄ります。
肺から送り出された空気が、閉じた声帯の間を通ることで声帯が振動し、声のもとになる音が生まれます。発声は、声帯が空気の流れによって自律的に振動し、その空気の流れを細かく区切ることで起こります。
ただし、この段階で生まれる音は、まだ小さな「ブー」という振動音に近いものです。
その音が喉、口、鼻などの空間で響き、舌や唇によって言葉の形になることで、私たちが普段聞いている声になります。
つまり、歌声は大きく分けると、
- 肺から空気を送る
- 声帯を振動させる
- 喉や口の中で響かせる
- 舌や唇で言葉を作る
という流れで作られています。
声帯周りの筋肉は、この中の「声帯を振動させる準備」を担当しています。
声帯周りには「内側の筋肉」と「外側の筋肉」がある
喉頭に関係する筋肉は、大きく二つに分けられます。
内喉頭筋
喉頭の内部にあり、声帯を直接コントロールする筋肉です。
主に、
- 声帯を伸ばす
- 声帯を縮める
- 声帯を閉じる
- 声帯を開く
- 声帯の細かな張りを調整する
といった働きをします。
歌声の高さや声質を考えるうえで、特に重要な筋肉です。
外喉頭筋
喉頭と、首やあご、胸などをつないでいる筋肉です。
喉頭全体を上げたり下げたりするほか、飲み込みや首の安定にも関係します。内喉頭筋が声帯の位置や張力を直接調整するのに対し、外喉頭筋は喉頭全体の位置や周辺環境に影響します。
歌うときに首やあごへ余計な力が入ると、この外側の筋肉が必要以上に緊張することがあります。
そのため、ボイトレでは声帯だけでなく、首やあごの力みも確認します。
声帯を動かす主な筋肉
声帯周りの筋肉には難しい名前が多くあります。
すべて暗記する必要はありません。
初心者は、次の五つの働きを大まかに理解しておけば十分です。
1.輪状甲状筋|声帯を伸ばす筋肉
輪状甲状筋は、英語名の頭文字を取って「CT」と呼ばれることがあります。
主な役割は、声帯を前後に引き伸ばすことです。
輪状甲状筋が働くと声帯が長くなり、張りが強くなります。その結果、声帯が細かく速く振動しやすくなり、基本的には声が高くなります。
イメージとしては、ギターの弦を強く張ると音が高くなるのと似ています。
ボイトレとの関係
輪状甲状筋は、特に高音を出すときに重要です。
ただし、高音を出すときに「喉を締める」という意味ではありません。
首全体に力を入れたり、あごを上げたりしても、輪状甲状筋を効率よく使えるとは限りません。
むしろ、周りの筋肉まで固めてしまうと、声帯の細かな調整が難しくなることがあります。
裏声や軽い声で音程を上下する練習は、声帯を無理に押し込まず、伸ばす方向の働きを感じる練習として使われます。
2.甲状披裂筋|声帯を縮め、厚みを調整する筋肉
甲状披裂筋は「TA」と呼ばれる筋肉です。
この筋肉は声帯の内部にあり、声帯そのものの中心部分を構成しています。
主な働きは、
- 声帯を短くする
- 声帯に厚みを持たせる
- 声帯内部の張りや硬さを調整する
ことです。
甲状披裂筋が強く働くと、声帯は比較的短く、厚みのある状態になります。
一般的には、話し声に近いしっかりした声や、いわゆる地声感のある発声に深く関係します。
ボイトレとの関係
甲状披裂筋は、地声らしい強さを作るうえで重要です。
しかし、強く使えば使うほど良いわけではありません。
高音でも地声の厚さを保とうとして甲状披裂筋を強く働かせすぎると、声が重くなり、音程を上げにくくなることがあります。
反対に、働きが弱すぎると、
- 声が弱い
- 息っぽい
- 裏声から地声へ戻れない
- 高音が細すぎる
と感じることもあります。
輪状甲状筋と甲状披裂筋は、単純にどちらか一方だけを使うのではなく、発声に応じてバランスを変えています。この二つの筋肉の組み合わせによって、声帯の長さ、張力、硬さなどが変化し、異なる声質が作られます。
3.外側輪状披裂筋|声帯を閉じる筋肉
外側輪状披裂筋は「LCA」と呼ばれます。
声帯の後ろ側にある披裂軟骨を動かし、左右の声帯を中央へ寄せる働きがあります。
簡単にいえば、声帯を閉じるために重要な筋肉です。
発声するときには、左右の声帯がある程度近づいている必要があります。
声帯が適度に閉じることで、肺から送られてきた空気を効率よく音に変えられます。
ボイトレとの関係
声帯の閉じ方が弱いと、
- 息が漏れる
- 声がかすれる
- 声量が出ない
- 長いフレーズで息が続かない
といった状態が起こることがあります。
一方で、声帯を強く閉じすぎると、
- 声が詰まる
- 喉が苦しい
- 発声の瞬間に力が入る
- すぐに声が疲れる
といった問題につながる可能性があります。
大切なのは「強く閉じること」ではなく、必要な分だけ効率よく閉じることです。
4.披裂間筋|声帯の後ろ側を閉じる筋肉
披裂間筋は「IA」と呼ばれます。
左右の披裂軟骨を近づけ、声帯の後ろ側を閉じる働きがあります。
外側輪状披裂筋と披裂間筋は、どちらも声帯を閉じる働きを持っていますが、担当する動きが少し異なります。
- 外側輪状披裂筋:披裂軟骨を回転させて声帯を内側へ寄せる
- 披裂間筋:左右の披裂軟骨そのものを近づける
これらの筋肉に甲状披裂筋も加わり、声帯を閉じる動きが作られます。
ボイトレとの関係
声帯の後ろ側に隙間があると、息漏れの多い声になることがあります。
ただし、息っぽい声がすべて筋力不足によるものとは限りません。
発声方法、声質の選択、声帯の状態、体調など、さまざまな要因が関係します。
息漏れが気になるからといって、無理に声帯を強く閉じようとするのは避けましょう。
5.後輪状披裂筋|声帯を開く筋肉
後輪状披裂筋は「PCA」と呼ばれます。
声帯を外側へ開く筋肉です。
内喉頭筋の中で、声帯を積極的に開く働きを持つ筋肉は基本的にこの筋肉だけです。
呼吸するときには、空気が通れるように声帯を開く必要があります。
特に大きく息を吸うときには、声帯が広く開きます。
ボイトレとの関係
歌うためには声帯を閉じることだけでなく、開いて息を吸うことも必要です。
歌っている間ずっと声帯を閉じようとしたり、喉に力を入れ続けたりすると、吸気まで苦しくなることがあります。
発声と呼吸は別々のものではなく、
- 息を吸うときには開く
- 声を出すときには適度に閉じる
という切り替えを繰り返しています。
声の高さは一つの筋肉だけで決まらない
初心者向けの説明では、
- 輪状甲状筋=高音
- 甲状披裂筋=低音・地声
と説明されることがあります。
大まかなイメージとしては間違いではありません。
ただし、実際の発声では、どちらか一方だけが完全に働くわけではありません。
例えば、高音を出す場合でも、
- 輪状甲状筋で声帯を伸ばす
- 甲状披裂筋で声帯内部の硬さや厚みを調整する
- 声帯を閉じる筋肉で息漏れを調整する
- 呼吸に関係する筋肉で空気圧を調整する
といった複数の働きが同時に起こっています。
声帯の振動は、声帯の長さだけでなく、厚さ、硬さ、閉じ方、空気圧などにも影響されます。
そのため、高音が出ない原因を「高音の筋肉が弱いから」と一つに決めることはできません。
ミックスボイスも筋肉のバランスで作られる
ミックスボイスは、喉の中にある特別な三つ目の声帯を使う発声ではありません。
地声と裏声に関係する筋肉の働きを、音程や声質に合わせて調整した発声として考えると理解しやすくなります。
例えば、
- 輪状甲状筋で声帯を伸ばす
- 甲状披裂筋で適度な厚みを残す
- 声帯を閉じる筋肉で息漏れを調整する
- 息の量や圧力を調整する
- 口や喉の響きを調整する
といった要素が組み合わさります。
ミックスボイスは「輪状甲状筋と甲状披裂筋を50%ずつ使う」というような、固定された状態ではありません。
音程、音量、母音、歌い方によって、筋肉の働き方は常に変化します。
そのため、ミックスボイスの練習では、一つの筋肉を強くすることよりも、地声と裏声の間を滑らかに移動できることが重要です。
喉周りの筋肉は鍛えれば鍛えるほどよい?
筋肉と聞くと、筋トレのように強く負荷をかければよいと思うかもしれません。
しかし、発声で重要なのは単純な筋力だけではありません。
必要なのは、
- 適切な筋肉を使う
- 必要なタイミングで使う
- 力の強さを細かく調整する
- 不要な筋肉を力ませない
- 複数の筋肉を連携させる
といったコントロール能力です。
歌うための筋肉は、強く収縮させるだけでなく、ごく細かな調整を繰り返しています。
そのため、ボイストレーニングは「喉の筋肉を限界まで追い込むトレーニング」ではありません。
小さな音量や楽な音域から始め、正しい動きを繰り返し覚えていくことが大切です。
初心者が筋肉を意識しすぎると逆効果になることもある
筋肉の構造を知ることは、発声を理解するうえで役立ちます。
一方で、歌っている最中に、
「今、輪状甲状筋を使わなければ」
「甲状披裂筋を弱めなければ」
と考えすぎると、かえって喉に力が入ることがあります。
声帯周りの筋肉は、直接触って動かせる筋肉ではありません。
実際のトレーニングでは、
- 裏声で軽く音程を上下する
- リップロールを行う
- ハミングで楽に響かせる
- 小さな声から少しずつ音量を上げる
- 地声と裏声を行き来する
- 母音を変えながら発声する
といった練習を通して、結果的に筋肉のバランスを整えていきます。
筋肉の名前は「自分の声に何が起きているのかを理解するための地図」として使いましょう。
声が出にくい原因は筋肉だけではない
高音が出ない、声がかすれる、喉が苦しいといった問題は、声帯周りの筋肉だけが原因とは限りません。
例えば、
- 息を強く吐きすぎている
- 声帯を強く閉じすぎている
- あごや舌に力が入っている
- 響かせ方が音程に合っていない
- 睡眠や水分が不足している
- 風邪やアレルギーの影響を受けている
- 声帯に炎症や病変がある
なども考えられます。
特に、声のかすれ、痛み、違和感、出しにくさが長期間続く場合は、自己流のトレーニングだけで解決しようとせず、耳鼻咽喉科や音声を専門とする医療機関への相談を検討してください。
まとめ
声帯周りには、声帯の長さ、厚さ、張り、開き方、閉じ方を調整する複数の筋肉があります。
代表的な働きを整理すると、次のようになります。
- 輪状甲状筋:声帯を伸ばし、高音を作る方向に働く
- 甲状披裂筋:声帯を縮め、厚さや地声感を調整する
- 外側輪状披裂筋:声帯を中央へ寄せる
- 披裂間筋:声帯の後ろ側を閉じる
- 後輪状披裂筋:声帯を開いて空気の通り道を作る
ただし、実際の歌声は一つの筋肉だけで作られているわけではありません。
高音、低音、地声、裏声、ミックスボイスなど、どの発声でも複数の筋肉が連携して働いています。
ボイトレで大切なのは、特定の筋肉を無理に強く使うことではありません。
必要な筋肉を必要な分だけ使い、不要な力を抜きながら、声帯・呼吸・響きのバランスを整えることです。
筋肉の構造を知ることで、自分の声に起きていることを整理しやすくなります。
ただし、知識だけで喉を直接操作しようとせず、楽に出せる声を基準に、少しずつ発声の幅を広げていきましょう。